ワンオペ育児始まった
お母さんが実家へ帰って行った
当初月末までいてくれる予定だった母は、祖母の施設入所日が決まり一人で家業と祖母の件と家事に奮闘していた父もいよいよ限界ということで予定を切り上げて実家へ帰って行った。
本当言うともう少しいて欲しかったが、空気を読んで休んでいた方がいいと思われる時期から少し負荷が大きいかなというくらいの上乗せリハビリの様な感じで息子のお世話や家事を再開させて勘を取り戻していきました。
これなら安心と喜び勇んで帰った父も母も、こんなに離れて暮らした事がないのでまた再び二人で暮らせることが幸せそうな様子でした。
その日私は高校を卒業して一人暮らしを始めた日の事を思い出しました。
一人暮らしの住まいに私を置いて四年間頑張れよじゃあねと帰る両親を見送って「ああ、私は一人なんだ」と自立や独り立ちという言葉の重さを思い無性に孤独を感じたのと同じ気持ちになりました。
私は子どもではあるけれど、もうお母さんなんだ泣いてちゃいけないんだと思いながらも悲しくて寂しくてこれからの日々が不安で涙が止まりませんでした。
あの時と違うのは、私には私自身が見つけて築いた自分だけの家族がいるということです。
元々の家族と別れて、今から私は自分の家族と生きていく分水嶺を目の前にしました。
ピンチ!息子が便秘になった⁉︎❔
快便ぶりぶりざえもんさんな息子が突如便秘になりました。
ミルク飲んではぶりぶり、お腹すいたと怒り泣きしてはぶりぶり、1日5回はお目にかかっていた緑色うんちが全く出なくなりました。
顔を真っ赤にしてうんうんといきんで、たまにオナラが出るのですがうんちは出ず。
そのためあまり眠らなくなり、時々苦しくて怒り泣きをするようになりおろおろしてしまいました。
調べるとミルク育児だと便秘になりやすいらしく、母乳がほとんど出ないせいなのかと追い討ちをかけられるようにショックを受けました。
ネット上では
- ミルクを濃く作って飲ませる
- ミルクを薄く作って飲ませる
という二律背反的な対処法がありました。
お腹ののの字マッサージをしてみましたがあまり効果がありません。
とりあえず湯冷ましを飲ませてみました。これも二律背反的な対処法でしたが、ミルクがなかった頃赤ちゃんに湯冷ましを飲ませた時代もあっただろうしその時代の人も元気に生きているから飲ませてみよう!と思い、飲ませてみたらゴキュゴキュ飲みました。
その後発熱してしまい力尽きている間に夫がお世話をして、二律背反的に濃いめミルクを飲ませたそうです。
仮眠から目覚めた頃、うんちでたよー!とオムツ交換しないで息子を連れて来た夫にオムツ交換をしてもらったところダムが決壊したとの表現がぴったりなものすごいものがオムツになみなみたっぷりと出ており安心と共にこれは苦しかっただろうなと思いました。
しかし、結局のところ何が便秘に効いたのかは全くわかりません。
その30分後頃第2弾がなみなみとオムツに流出しました。
それ以降、むちゃくちゃ空腹になったのか飲むミルク量が大幅に増えて震えています。生後20日そこそこで一回のミルクが120mlまで増えました。それがすでに足りてないようで付け足しする事も少なくありません。1ヶ月検診の時に相談してミルク量を調整したいと思います。
慣れてくると成長して違うステージに行ってしまう。大変だけどあっと言う間に過ぎ去っていくって本当だなと思います。
人間だから機械じゃない
寝る日と寝ない日があるので寝られる日と寝られない日がある。
昼寝をしなければならないが寝つけないから昼寝できない。だから元気な日と全然だめな日がある。
お風呂は体がズタボロなので一人では入れられず夫の助けが欲しいです。仕事もあるし資格試験を控えていて外で勉強してくるから夕飯いらない、とか言われると絶望感でいっぱいです。
朝から夜までひたすら一人です。当然外出もできません。精神的には孤独です。言葉を発しません。息子に語りかけても時々あーとかうーとか言うだけです。
息子のお風呂時間はおよそ午後6時から7時30分の間ですが、人間なのでいつ目がさめるかはその日によります。
夫の帰宅より先に目がさめるとギャン泣きして手がつけられません。力がとても強く大人の私ですら圧倒されてしまう。大泣きする息子を抱えて一人家の中にいるとこっちも泣けてきます。
息子も私も人間。機械じゃないのでノルマをこなすように時間ぴったりに行動することなんてできないのです。
1ヶ月検診と子ども医療費申請手続を一人でこなす自信がない
息子の健康保険証ができたら子ども医療費申請をしに行かなければいけません。
息子を連れて階段を下りて200mぐらい先の駐車場まで歩き、チャイルドシートに乗せて運転して市役所まで行き、抱っこ紐で抱えて市役所で手続きをしてまた帰って来なければいけません。
この行程をちゃんとこなせるかどうかとても心配になります。
息子は力が強く大暴れするしとても重いです。万が一落としてしまったら、階段を踏み外してしまったらと考えると恐ろしくなります。
何度も何度も行程をシミュレーションしていますが、とにかく抱っこ紐の装着が全然理解できない。
睡眠不足のせいか理解力が全くなく、動画で説明を観ても全然わからないのです。
エルゴベビーアダプト(インナー不要タイプ)慣れるまで手間取るというレビューを今更思い出しましたよ。
温かい食べ物を温かいうちに食べられない
自分のペースで生活する事ができなくなりました。食事はお腹が空いていても食べかけでも息子が泣いたらすぐお世話に行きます。
ある程度泣かせて待ってもらう事もありますが自分の事は基本的に後回しです。
最初は任せるのが嫌だった夫にもここ数日はお世話をお願いする事も増えました。
そうでなければご飯食べるのも寝るのももういいや…となり、ぼーっと食べず寝ず生きる屍のようになりそうだからです。
食べず寝ないとただでさえ出ない母乳が枯れ果てて出なくなるので、必死で食べて必死で寝ようと頑張っています。
母乳には子の免疫力を上げる効果があるようなので、できれば少しでも免疫力を高め愛着を与えてあげたいという引け目だらけの母性が叫んでいるのです。
少しでも自分の体はしっかりお母さんなんだってところを納得したいって。
お世話自体は何も嫌じゃない
体は痛いし眠れないから頭痛もするしぼーっとするしわけがわからずしんどいです。
でも、お世話自体は全く何も嫌じゃありません。
夜中に起こされ眠すぎて体が震えて変な汗がびっしょりになっても、大量うんちが漏れ出した肌着を着替えさせて手洗いするのも、日に日に重くなって手首、肘、肩、首が故障してもう甲子園を目指せない体になっても精神的にはむしろ穏やかです。
寝汗もかなり少なくなってきたし、ホルモンバランスもそろそろ落ち着こうとしているかもしれません。
とにかく手首、肘、肩、首の疲労と痛みが強くて甲子園に行けないを連呼していたら物の例えジョークだったのに君の代わりに息子に野球をやらせよう!と産まれた瞬間からどんな習い事をやらせようかと気が早く考えていた夫が言い出しました。
野球をやるための筋肉やトレーニングとロードバイクの筋肉やトレーニングは全然違うので、私は息子に野球をやらせることには消極的です。
できれば息子には自転車競技をやって欲しいのです。
甲子園で投げられない体になっても夢は息子に託せばいい(ただし、野球は元々やっていない)という希望があるのです。
SNSのアイコンを子にしたら察する
ホルモンバランスもありすっかりお花畑化した私は、息子の生後10日頃まで頻繁にfacebookへの息子ネタと写真の投稿をしていました。
可愛い可愛い息子ちゃんご覧になってあそばせ!というウッキウキ気分で投稿していました。
それを母に言うと「子どもの写真をSNSに載せるなんてバカか!インターネットに写真を載せる危険をわかっていないのか!」と激怒され、それもそうだなぁと思い全てを自分だけ公開に変更しました。
親バカお花畑クソ野郎だから、正直その辺のおむつモデル赤さんよりうちの子の方が可愛いし足も長くてスタイルがいいと真顔で思ってる。
だけど、他の人から見たらふーーーんあっそうって感じだろうしそんなテンションで息子の写真見られても逆につまらんな、と思ったので何の未練もなく写真載せるの辞めました。
写真や動画は家族間で共有したり、フォトブックを作って実家と義実家に送って楽しむようにします。
アプリでフォトブックが簡単にできるので今フォトブック作るのにハマっています。
親友MちゃんはSNSのアイコンが子どもの写真になったらさすがに察するという名言を残していきました。
結婚前は最高にキメた自撮り写真、結婚したら前撮り写真、子どもが産まれたら子の写真、それが所謂スタンダード。
無言でステージの変化をマウントしていくスタイルのやつ。私は絶対やらんぞ。
どうでもいいけど、自撮りアップの写真どーんって載せてる人気持ち悪いです。
お顔どーんで許されるのは、アユタヤの仏頭だけですよ。
2週間検診に行ってきた
退院後初のおでかけ
ひたすら家の中で過ごすこと1週間。産後2週間検診に行ってきました。
1週間ぶりにメイクして私服を着ました。毎日ずーっとパジャマ、ノーメイク、下手したらコンタクトも入れずメガネでした。おまけにメガネもフレームが歪んで下を向くと落ちます。今行きたい場所はメガネ屋さんでフレーム調整したいです。
さて、私は1週間ぶりの外出ですが息子にとっては生後2週間はじめてのおでかけです。
荷物の準備
新生児を連れてのおでかけには色々必要なものがあります。
おぼろげな記憶で、沐浴サービスがあるから着替えを持って来てと言われた気がしたので準備しました。
- 替えのおむつ
- おしりふき
- 使用済みおむつを入れるビニール袋
- おむつ替えシート
- 哺乳瓶
- ミルク(ほほえみらくらくキューブ)
- ミルク作るためのお湯
- 母子手帳とか補助券
- 着替え(短肌着、コンビ肌着、カバーオール、念のため靴下)
- お財布、スマホ
上記をマザーズバッグに入れました。
マザーズバッグはこちら。
割とコンパクトめ。ちょいとしたおでかけのみならこれにしました。おそらく手慣れてくるともっと荷物もカジュアルになってくると思います。
ミルクもおむつもおそらくは病院で準備してくれていると思いましたが、マナーとエチケットとして自分でも持っていくべきと思い持って行きました。
2週間検診の内容
分娩入院前日から泊まり込みで手伝いに来てくれている母の運転で病院へ行きました。
チャイルドシートの角度が悪くて息子の首が肩に埋まって苦しそうでした。なんかもっといいチャイルドシートに買い替えた方がいいんじゃないかと心配になります。
ちょうどお腹空いて泣く時間だったので車内はギャーギャーすごかったです。
さて、2週間検診の内容はこんな感じ。
[母親の検診]
- 血圧測定
- 尿検査
- 産後うつ診断
- 体重測定
- 問診
[子の検診]
- 体重測定
- 小児科医による検診
- 小児科医による問診
その他、助産師さんによる母乳育児相談などです。
子はオールクリアしかし母は
息子は親バカ手前味噌ですが、発達が早い。少なくとも身体的な発達がどう見ても早い。
生後2週間で母乳育児トレーニングの混合で、ミルク一回に100mlをゴキュゴキュ飲み干してうんちもブリブリ蟻塚みたいにごっついものをおむつにひねり出していて健康そのもの。
今のところ神経質でもなく、掃除機かけようが大笑いしようが空腹でなければスヤスヤ眠っています。
体重も1日41gの増量で「いいですねー」って言われただけでした。
ミルクも100じゃすでに足りない感じがあり、120mlまでなら足してくださいって言われました。大食漢やな。
しかし、筆者である私、母の精神がヤバい。
つまり、産後うつです。
まさかの産後うつ要観察指導
でもまあわかってた。私、元々うつ病なんだもん。自律神経失調症だし、ホルモンバランス元々崩れてて妊娠しなかったんだから今が奇跡だよ。
おっとりした主治医の先生が「ねぇ、大丈夫ー?これ数字がちょっとヤバいんだけどー」って苦笑いしてました。
私、自分で言うのもなんですが道化を演じる事が多くて大丈夫な人って思わせるように自分から持っていくのに、ものすごい神経質で自己責任を負いやすく破滅型です。
検診までの1週間の生活は傷の痛みに耐えるだけでなく、思うように息子のお世話ができない事や、ばあばに世話をさせるのが申し訳ないのと息子が取られてしまうという不安と怒り、夫が全然赤ちゃんのお世話に慣れていなくて足手まといになる事への怒りで怒ったり泣いたり落ち込んだりして夜中に過呼吸を起こした事もありました。
しかし、マタニティヨガで何度もやった出産時の呼吸法息を吐ききってしっかり吸う深い呼吸が身についていたのですぐにリカバリーできました。
妊娠を継続しお腹で子を育てるための女性ホルモンの分泌がぴたっとなくなったため、ホルモンバランスが崩れていると理屈ではわかっていてもコントロールすることはできません。
少しずつ良くなっているとは思いますが、何かあればすぐ病院に行こうと思います。
私は母乳が出ない
母乳育児を希望していますが母乳がでません。初産ではすぐに母乳育児ができる方は稀なようですが、特に初産で帝王切開となると初乳を赤ちゃんに与えるまでに数日を要するため赤ちゃんがミルクに慣れて母乳に移行するのが難しくなります。
私はまさにそうなってしまい、悲しく辛い気持ちになります。
自然に産めなかっただけでも何か悲しさや虚しさ引け目を感じているのに、母乳も与えられないとなると大きな喪失感や失落感があり産後うつの大きな要因になっていると自覚しています。
毎日完全ミルク育児にすれば楽になるのかと考えています。母乳を与えなければ洋服も今まで通り好きな服を着ることができるし大好きなコーヒーもお茶もいくらでも飲める、食事も好きなものを食べられ気にしなくていいので何かと楽ちんです。
しかし、私は生物学的な母としての役割を何も果たすことができず医療の力を借りて妊娠する事ができ、医療の力で帝王切開で出産し、食品科学の力でミルクを与えて育てるのかという誰かの力がなければ育てられない悲しみを感じています。
たぶん、まともな思考力ならどーでもいいわそんなもんって鼻ホジしていそうなのに今は全然だめです。
とにかく全力で肉体の回復と生活リズムを立て直すことで自分を取り戻したいと思います。
人と比べるからつらい
親友のFは完全母乳で3人の息子を育てています。ミルクは付け足し程度だそうで、もちろん自然分娩、三男については分娩時間三時間ちょいの超安産だそうです。
近くにこのような事例があるからこそ、私も頑張りたい!と思っていました。
また経産婦だから母乳が出るというのもあるんだろうなとも思っているものの、自分はだめなのかなぁという気になってきます。
そんな私を察してか、あなたは心臓も悪いし帝王切開で傷は痛いけど苦しい時間が少なく済んで良かったじゃないって母が言ってくれたり、父も腹を切るのは皆んなが思っているより苦しい事だから労ってあげなさいと母に言っていたり、お義母さんも死ぬ前に孫が見ることができて良かったと言ってくれましたからそれだけを考えて他は考えないようにしないとやっていけない、という話を助産師さんにばーーーっと話した気がします(笑)頭が狂ってて全然覚えていない。
三食たっぷりおやつ付きの生活7日後
入院中から、こんなに食べていいの?っていうぐらい食事をしていました。
その食事をずっと見ていた母が退院後に三食作って食べさせてくれていたのですが、それもものすごいボリューム。
こんなに食べていいの?全然動いてないのに、と思いつつものすごい量の食事をしていました。
ご飯はお茶碗でなくどんぶりサイズで食べ、明らかに産後の食事指導の量よりも多く食べています。
おやつもヨーグルトやパンなどを食べています。
母曰く、入院中の食事の方が量が多いと言っていますがどっちもものすごいボリュームです。
しかし、食べても確実に空腹になるので三食だけというと絶対に足りてない感があります。
母乳は搾乳機を使っても両側で30ml取れればいい方なので、母乳を作るためにカロリーが必要というわけでもなさそうです。
傷も痛いし体を動かすのも狭い室内での日常歩行と息子のお世話ぐらいです。
しかし、1週間で体重が4kg弱減。
分娩前日のこの状態から9kg近く体重が落ちました。それだけはちょっと安心しました。
妊娠中に増えた体重は12.7kgですが、妊娠するために増やした脂肪(運動をやめて病院に通って治療していたため)が3.5kgから4kg分あります。
それを考慮してもロードバイク乗り回すためのパフォーマンス面でベスト体重まであと10kgくらい落とさなきゃいけないので先は長いです。
母乳が出ればもっと痩せるんだろうけど、あんまり期待できなそうです。
息子が可愛いと言われ救われる
母である私のメンタルがボロボロ、母乳が出ない、痩せたけどまだデブ(これは普通)という問題はあるものの、息子の成長は順調で問題なくそれだけでいいじゃないっていう鬼子母神の私。鬼子母神も気が狂ってたからね。私も柘榴酢飲めば人を傷つけなくて済むのかしら?
さて、小児科医の先生からは目がくりくりして大きい子ですね、女の子?男の子?と多分褒められて、さらに看護師さんからは一週間で顔かなり変わりましたねー目もぱっちり二重で鼻も高くてはっきりした顔立ちでかわいいですねっと褒められて鬼子母神的にすごくいい気分でした。
ばあばもポーカーフェイスになりきれていない感じに微笑みが溢れていました。良かったね、私が産みました。
びっくりするぐらい普通にかわいいです。40年後はおっさんになるんだけど、今は間違いなく天使だし親だからではなく普通にかわいいです。でも赤ちゃんモデルとかにはしません。むしろお金取られるから。赤ちゃんモデルビジネスだから。
1ヶ月検診は1人で行く
夫の仕事が忙しく母がいなくなったらワンオペ育児です。
母は月末までいてくれる予定でしたが、祖母の施設が紆余曲折でようやく決まったため人員がそちらに必要になってしまい実家に戻ってもらうことにしました。
祖母の認知症はどんどん酷くなり、夜中に叫んだりパニックを起こす事もあるそうです。施設に連れて行く時にパニックを起こしてはいけないので、母が施設の送迎車で祖母に付き添い父が祖母の荷物を自家用車で搬入する段取りだそうです。
その日程が決まったので、母に任せきりだった事も少しずつ自分でやるようにしてワンオペを確立できるように練習しています。
そのため1ヶ月検診は1人で行く、或いは日程を変えて夫に連れていってもらうのどちらかです。小児科の先生は週1日しかいないので、その日に診てもらいたいから1人で行こうかなと思ってはいますがまだ体力も戻っていないので心配しています。
とりあえずまとまった時間、寝たい。
出産後、私は明らかに違う人になった。
退院後、数日経ったけれど
兄と私を育て、いとこたちやいとこたちの子ども4人を見てきた母がこんなにいい赤ん坊見たことないって言うぐらい、ぐーっとミルク飲んでぐーっと寝る親孝行な息子を産んだので、おそらく一般的な産後の生活に比べると割と休めています。2時間おきに泣くのがスタンダードとすると、息子ちゃんは最低3時間、長くて5時間近く寝てます。
成長していくのでこれからまたグズり出したり眠らない時間が長くなっていくんでしょうけど。
深夜のお世話は少しして、明け方は母にお任せしています。昼寝しないで普通に寝かせてもらっているので回復ペースは早いような気がします。
ただし!来客があったりするとルーティンが崩れて全然だめ!なんせ人手が足りないんです。
しかし、無理は禁物。家事を少しやろうとしてはだめになり怒られて、また少し休んでの繰り返し。だけどご飯はいくらでも食べられます。おやつもね。
そうは言っても体調がやっぱりおかしいのです。
体がおかしい!
①寝汗がひどい
暑いわけじゃないのに毎日寝汗でぐっしょり、汗が冷えて震えたり寒くなって頭痛がしたりします。
風邪なのか傷があるから熱が出てるのかと思いましたが、帝王切開、退院後、汗で調べると自然分娩の方も同様な症状がありました。
妊娠中は女性ホルモンが通常時の100倍分泌されていたのに、出産後は通常に戻ることで急に体のホルモンバランスが崩れて更年期障害と同じような状況になるそうです。
汗が出るというのは典型的な症状です。すごい寒いんです。そういえば入院中も足の裏から汗が止まらなくて冷えて寒いとか汗がむちゃくちゃ出るって言ってた時あったな。あれが始まりだったんだ。すごい。
②涙もろくて悲しい
悲しくて辛くてたまらないのです。
面白くなっちゃうのも笑いのハードルが下がってるなーと自覚はあるのですが、些細なことでイライラしたり涙が出ます。
例えば、まだ母乳育児がうまくいっていません。というか、初産なので当然だし帝王切開で赤ちゃんのお世話をするのに4日かかりました。その間ミルクを哺乳瓶で飲むのに慣れた我が子は、吸っても簡単に出ない母乳よりも哺乳瓶でミルクを簡単に飲みたいという強い意思表示をしてきます。
そして我が子は筋肉質で力が強い…こんなに力強い赤ちゃん見たことないとかめちゃくちゃ言われてるけど、妊娠中に運動しまくったせいかすでにふくらはぎの筋肉の膨らみがわかる強さ。
おっぱい飲ませようとするとギャン泣きして首を背け、手で押し退け、脚で腹を蹴るという大暴れ。
それでも母乳トレーニングをして少しずつ頑張らないと、私も乳腺炎になったり母乳が出なくなるのでと何度もチャレンジしていたところ、夫が
「かわいそうだからやめてあげなよ」
と言ったのです。
え?おっぱいあげるトレーニングしてるのにかわいそう?
まるで虐待してるみたいなの?そう見えてるの?と思ったら悲しくて辛くて虚しくて涙が止まりませんでした。
帝王切開でお腹を切ったから思うように育児がスタートできませんでした。家事もできません。なんにもできません。おっぱいすらまともに与えられません。じゃあ今の私って何にもできない、不要品じゃん。死んだ方がましだわ、むしろ死ぬしかないし生きている意味がない、って本気で思うぐらいです。
でも我が子を残して死ぬなんて嫌だ無理、助けて死にたくない、この子を育てたいつらい、どうしたらいいのって泣くことしかできませんでした。
死にたくはないです。死んでたまるか。ぶっ生き返すわそんなもん。私お母さんやぞ。
③怒りっぽい
夫の育児のできなさに腹が立つ。おむつ替えの時に子ちゃんの両足首を掴んで逆さ吊りにする、寝ているのに頬ずり髭ジョリジョリして起こす、ミルク飲ませる時に首を詰まらせて窒息させるという悪態。
さらには、膝の上で抱っこして貧乏ゆすりで揺らしてあやす。
揺さぶられっこ症候群で死ぬやろ!
もしくは後天的な事故障害になってしまう!!!!
教えても「自己流でやりたい」とわけのわからないことを言うから、本当に逆に死んで欲しいと子が命になってしまっている今の私は物騒にも本気で思った。
夫が死んだらその遺族年金で暮らす、本当にそう思った。
男は基本役に立たない、だから仕事を頑張ってお金を稼いでこようって思うのかもしれない。
ホルモンバランスが整うまで、私は鬼子母神でしょうね。
でも喧嘩したいわけじゃないんです。怒りたくないのに腹が立って許せないのが悲しいです。
④赤ちゃんが取られると思ってしまう
なぜか赤ちゃんが取られる!と思ってしまう。
私の息子ちゃんだ!返せ!と思う。
帰宅して数日は自分の世話も自分でできないぐらいだったのに、夫は気軽にあれこれ頼んでくるし母もうちに慣れてないしで動かなくてはいけなかったりするのに息子ちゃんの世話はできない。
母が息子ちゃんの世話をしたり、世話をしないくせに夫がかわいいかわいいと撫で回したりしているのが気に入らなくて大泣きして怒ったりしました。
今でも無性に腹が立ってしまう事もあります。母は「あなたから取るわけじゃないけど、抱っこ代わろうか?」みたいに言うようになりました。
夫は相変わらずですが、私の前で息子ちゃんかわいいかわいいとか言うと怒られると思ったのかおもむろに部屋を出て行ったと思ったら息子ちゃんかわいいねーと何度も言っているのが漏れ聞こえてきました。
そして涼しい顔でまた部屋に入って来たので、私より母がいたたまれなくなっていました。
ホルモンバランス治るまでの辛抱だから耐えてくれ、夫と母、そして実家で仕事と祖母のあれこれと家事と孤独に耐える父よ!!!
みんなに支えられて私はグズグズできています。
冷静になる時ももちろんある
日に日に冷静になってはいます。執筆時現在、産後13日目です。
睡眠不足と子泣き爺のように日に日に重たくなる息子ちゃんに、首と肩と肘と手首が死んでいく母と私です。
母が身を呈して私を休ませてくれるので随分と切腹の傷も癒えてきています。
お祝いでクーハンを希望したらいただけたので、クーハンに入れて別の部屋で過ごして母に昼寝をガッツリ取ってもらう作戦などもいよいよできるようになりました。
私は産前早寝早起きの習慣があって昼寝ができません。妊娠中はホルモンの影響で昼寝しないといられなかったのが、また元どおり昼寝ができない体に戻りました。
なので実は夜のお世話ができなくて良くないのですが、とりあえずどちらかを回復させてどちらかが頑張ってお互いがそこそこ回復したら今後のために実践的に慣らしていこうって話し合えるくらいになったので希望が見える。
自分の中がぐちゃぐちゃでも、息子ちゃんへの愛だけはブレないのが母性なんだなぁと思うからすごい。
子育てテンションは高くないが
子育てテンションが高くないので良いのかなぁと心配になる事もあったのですが、疲れるのでこれでいい。
助産師さんも「それでいいですし、子育てテンション高いと逆に鬱になりやすいから気にしない方がいいですよ」って入院中に聞いたらそう答えてくれました。
明らかに産前の自分と今の自分は全く違う人になった。
思い出されるのは、結婚して半人前、出産して一人前と言っていた前社の上司(鬱病でアル中)。パワハラでセクハラだと思っていたけど、たしかにそうなのかもしれない…。
でもそれ、安易に女性に言ったらいかんでっていうのは経産しても思います。
入院中の食事を一挙紹介するよ!
食いしんぼう万歳!
無事7泊8日の入院生活が終わりました。母乳トレーニング中で、子ちゃんに直接飲ませる事はできていないのですが搾乳機で頑張っています。搾乳機で搾るだけでもやっぱり母乳を出しているからなのか、ガクーンとお腹がすきます。元々食いしん坊なのに本能が太らせに来ています。
さてさて子にもくいしんぼうが遺伝しました。
生後まだわずかなのに100ml飲むようになってきて、そんなに飲ませていいものかと80mlに減らすとお腹すいたって泣くしで頼もしすぎて成長がめちゃくちゃ楽しみです。
さて、くいしんぼうが帝王切開で分娩入院したらどうなるかって思っていたのですが麻酔もあって、お腹空いたり食欲とは関係なく意外と食べられないという事がわかりました。
その時の気持ちとかを画像と共に振り返っていきます。
産院自体もすごく満足でしたが、特に食事は本当に豪華で美味しくて大満足でした!
プレイバックお食事の記録
入院日
カニクリームコロッケ(トマトソース)、豆腐、サラダ、ご飯、みそ汁、漬物、茶碗蒸し、ババロア。
病人ではないので非常に美味しくてボリューミーでした。某有名産婦人科のフレンチとか全然羨ましくないクオリティじゃないか!と1回目の食事だけで大喜びしました。
しかしこれが、明日からしばらく地獄続くけど頑張ってねというエールがこもった最後の晩餐だとは気楽な私は何も考えていませんでした。
手術日(絶飲食)
点滴が繋がれていよいよドキドキしてきます。朝8時以降絶飲食なので、6時に起きて準備してお茶を飲みました。
その後、夫や母が来て途中夫が自分の食事を買って来ると外出しました。
母はコーヒーが飲みたいからついでに缶ではなくドリップのを買ってきてと頼んでいました。
帰ってくるとコンビニに行ったかと思っていたのに
マクドナルドをテイクアウトしてきました。
よりによってマック!
めちゃくちゃ食べたいわ!鬼!悪魔!
そして「それ何食べてるの?」って聞いたら
「マックグラン」
と言いました。マックグラン、ポテトM、アイスコーヒーLです。母にはホットコーヒーSを買ってきていました。
もう許さん本当に一生恨む。
食べ物の恨みは恐ろしいのです。
1日目(流動食)
カロリーメイトゼリーかと思っていたのですが違いました。
朝はなし。
昼
夜
この時はヤクルトは喉越しが良くスッと入りましたが、ゼリーでも食べるのがしんどかったです。
2日目(おかゆ)
朝。椀は具のないみそ汁。梅ペーストと米粒少なめのおかゆです。必死に食べました。
昼。豆腐のみそ汁と米粒少し増えたおかゆ。飲み物がヤクルトからりんごジュースになりました。これもりんごジュースは喉越しがよくてありがたかったです。
夜。いよいよおかずがつきました。
白菜とはんぺんの煮物、おかゆもご飯感が強くなりみそ汁の具もわかめでした。ヤクルトからヨーグルトに変更されました。
この日、本当に自分の体を回復させなければならないと思い持参したカロリーメイトゼリーをひとつ間食で食べています。
段違いに体が回復しました。
3日目ここから普通食開始
いよいよ普通食です。
朝。この時はまだ胃が小さかったのと回復が不十分だったので食べて回復ししなきゃ!と必死で食べました。
温泉たまごは実は苦手ですが、たんぱく質を摂取したかったので食べました。食べていたら美味しくて普通に完食しました。
焼き魚(何か忘れた)、しば漬け、里芋と高野豆腐の煮物、わかめのみそ汁、温泉たまご、ご飯、ヤクルト。
昼。
まさかの味噌煮込みうどんと肉まんというジャンクさ。いやしかし、カロリーとか栄養バランス考えてあるんだよね?と思って必死に食べましたが後に残していいということを知りました。でも美味しいので完食できてしまいます。
夜。
朝からしっかり食べていてお腹いっぱいだったので食べきるのに1時間くらいかかりました。美味しいので時間をかければ食べられてしまいます。もちろん完食。
4日目
朝。突然のマクドナルドの恨みを晴らしてくれそうなマフィンプレート。
ハムチーズマフィン、ナゲット、ゆで卵、バナナ、牛乳、いちごプリン。
最高か。牛乳大好き。でも母乳育児だと乳製品控えめにしなきゃ張りすぎておっぱい爆発するらしいので退院後は様子見で嗜んでいきます。もちろん完食。
昼。
一変して和食。サバ味噌煮が白みそ!好き嫌いは少ない方ですが好きなものや美味しいものしか出なくて幸せすぎました。
もちろん完食。
夜。
エビフライ!
大きなさっくさくエビフライ2尾、サラダ、茶碗蒸し、ご飯、もずくのみそ汁、漬物、わらび餅です。
すごいボリュームでこんなん太ってしまう!まだ全然体重落ちてないのにどうしよう!と思いながらももちろん完食。
5日目
朝。
ご飯、ナスのみそ汁、焼き鮭、白菜漬物、ちりめん大根おろし、さつま揚げ(練り物)、味付け海苔、ヤクルト。
THE朝食。しゃけの皮までぱりっぱり。朝食って本当に美味しいよね。完食。
昼。
目を疑うような華やかさのあるちらし寿司。
生姜甘酢漬け、なんかよくわかんないやつ、もずくのみそ汁。
他のママが返してある配膳を見たらけっこうお残ししてるのを見て自分の食べすぎを反省して、完食できたのにご飯を気持ち残してしまった。
今思えば完食すればよかった。
夜。
こちらもまさかの目を疑う豪華さ。
刺身やで!
刺身、鶏肉のゴマだれ、茶碗蒸し、あさりとブロッコリーの和え物、ミニサラダ、漬物、かき揚げ、ご飯、もずくのみそ汁、わらび餅。
さっくさくのかき揚げ。基本的に揚げ物なんでもさっくさく。
ここに来てもずくのみそ汁、わらび餅、茶碗蒸しのレギュラー感に気がついてきました。
私刺身が大好きなんです。妊娠中は思いっきり刺身が食べられず、ビビりながら食べていましたがもう刺身は解禁です。イェーイ!刺身!刺身食べられる!最高!刺身!刺身!
思考停止して完食。
6日目
朝。
さわら西京焼き、卵焼き、れんこん、甘酢大根、混ぜご飯、麩のみそ汁、フルーツ。
朝のフルーツは本当にいいですね。混ぜご飯大好きです。授乳トレーニングが始まっていて夜中3時の授乳トレーニング後に強い疲労を感じて朝は腹ペコでした。
秒殺で完食。
昼。
まさかの中華。
練り物の中華風炒め、中華くらげ冷製、中華コーンスープ、ご飯、漬物。
かなり久しぶりに中華コーンスープを飲みました。はい美味しいー。
産後漬物がやたらおいしく感じるようになりました。かわいい我が子におっぱいあげなきゃいけないからね、完食。
夜。
お祝い御膳です!!!
ステーキ、舞茸とししとうの天ぷら
サーモンサラダ
デザートにフルーツとケーキ
調乳指導で良い母乳のためには洋菓子は控えましょうと聞いたばかりでケーキが食べられるとは思わなかった。常識的な1ピースとかならきっとOKなんだな。
他、ごはん、みそ汁、茶碗蒸し、豚肉の野菜巻き、漬物。
写真撮った直後、子ちゃん泣き出して動揺しみそ汁こぼして大惨事になってちーん…って感じでしたけどママあるあるなんでしょうね。
もちろん慌て気味に完食。
7日目(退院日)
朝。
くるみ食パンのトースト、目玉焼き、ハムサラダ、牛乳、ヨーグルト
普通に美味しい。普段の朝食みたいで、もう退院できるんだなぁーっていう気分になりました。
夜中の搾乳頑張ったから完食。
昼。
豚丼、生卵、みそ汁、多分湯葉のなにか(ちらし寿司の時と2度目の登場)、漬物。
午後半休取ってくれた夫のお迎え待ちで、えっ?こんなにたくさん食べられないよ、って思いながらゆっくり食べていたらいつの間にか完食。ただし生卵は元々食べられないので残しました。
配膳を返しに行ったら、隣の部屋の方も完食していたのでやっぱりお残しししてる人がいたのは幻だったのかもしれない、ちらし寿司全部食べればよよかったって思いました。
なんて良い思いをした入院生活だったんだろう!
あんなに体重や逆子を心配して奔走し、幸せそうな人を憎みに憎みまくって何故私はこんなに実体のない事に苦しむのかと辛んだ日々が嘘みたいに幸せでした。
ちなみに祖母はまた別の施設にも医療行為が必要だと無理だと断られ、総合病院からも早く退院しろと言われてどこにも行き場がなくなり、本人も認知症が進行して家が乗っ取られたから土地の権利書がどうのとか、ご飯もらいにいけなかったから食べられなかったとか、病室がいっぱいだったから昨日は廊下で寝たとかヘビーな事ばかり言い出しているので自体はむしろ深刻化しています。
親バカ全開で産まれてから子どもに関してお花畑脳化してしまい、読者にお前お花畑disってた割にお花畑だなぁおいというモヤりを与えていくことになりそうですが、ホルモンバランス落ち着いたら自重するから。
今すごい幸せだったり悲しかったりして笑ったり泣いたり怒ったり頭がおかしくて自分の心身ズタズタになってるのがよくわかる。ホルモンバランスです。あと、完璧主義で自分でなんでもやりたい性格だから人に頼るのが辛いんです。家でだらだら寝てるなんてできないけど、寝てなきゃ…って。
産院選びについては大正解だったと断言できます。
本当に食事に関してフレンチのコースお祝い膳の某有名病院が全く羨ましくなかった。
比較すれば部屋こそホテルのようにきれいで豪華(と書くと特定1000%)ではなくオーソドックスな病室という感じだけれど、良心的な値段で家族も泊まることができたので母も6泊7日産院で一緒に泊まる事ができ孫とずーっと一緒に過ごせました。
こちらの産院はあまり有名ではないようで、誰に聞かれて答えても知らないと言われる事の方が多かったけど、食事も全部美味しくて先生もおっとり落ち着いていて、脚からじゃなく無事に逆子を取り出してくれて切腹の傷もむちゃくちゃきれいに縫ってくれる名医だし、看護師さんも助産師さんも優しく丁寧で親身。夜中のナースコールも一切嫌な顔しない。ずっと泊まりの母も邪険にしないし、なんでも話を聞いてくれました。
この出産体験全てにおいて産院関係で一度も嫌な思いをしなかった!もうこれに尽きる。
むしろもうあと検診二回でお別れするのがさみしくて辛いぐらい。
自分も初めての体験だったので比較することはできないのですが、出産費用もこのクオリティなら妥当だと感じました。
某有名病院は部屋がホテルのようにきれい、お祝い膳がフレンチのコース、出産費用が安いという口コミが多いのですが、今となっては鼻ホジレベルで興味ない。終わったし。
これからは、育児と母体の回復、そしてロードバイク再開できるようリハビリ、鈴鹿は難しくてもモリコロパークのレースくらいは出られるように頑張るぞー❗️
出産後1日〜2日目の様子
SNSチェックは出来ても返信などはほとんどできない
まず、激痛半端ない。
この記事は書ける時に少しずつ書きました。
背中から脊椎麻酔の管を利用して1時間に1度頼めば麻酔を入れてもらえるのですが、私はちょうど1時間しか効かなかったので手術日の夜から1日目夜までほとんど休むことはできませんでした。
個別メッセージは返せた人はいましたが、ほとんど既読スルーしかできず。
お腹の表面だけでなく子宮も横切りされていますから、お腹の中も縫われていて表面も縫われています。
そして後陣痛という、子宮が元の大きさに戻るための収縮痛と体が動かせないので床ずれのような体の痛みや痺れ、熱疲労でむちゃくちゃでした。
手術日は我が家だけの落ち着いた出産だったが
痛みに苦しむ術後翌日、早朝おそらく自然分娩で1人産まれたようでしたがその後バタバタし始め鎮痛剤が欲しくてナースコールしても待たされるようになりました。
かなり待たされて看護師さんが慌てて走ってきて処置しながら説明してくれました。
曰く、来週計画帝王切開予定の方が陣痛始まっちゃって緊急手術が始まるとのこと。さらに土曜日なので外来も忙しい上にスタッフも少ない。
私は運良く計画予定通りだったし気をつけていたけれど、分娩手術予定日を前にして陣痛、破水が起きる事も実際あるんだなと思いました。
※これも推測ですが、毎週金曜日に計画帝王切開日を設けていて人員を確保し翌日は半日外来なので少なめのスタッフでシフトを回してるのかなぁ。日曜は昼間1人っぽかった。
発熱で体力消耗、傷口も痛い!
発熱で体力がかなり少なくなっている自覚があり、もちろん傷口も痛い。
痛いに決まってると言うと思いますが、一般的な帝王切開の回復スケジュールよりも回復が遅れているようでした。あまりにも痛すぎる!
というのも、私は聞き逃していたのですが後から教えてもらって知ったのが術中に先生が
「●●さん、腹筋がすごいwwwww切れないwww」
とか言ってたそうで…。
腹筋は筋肉なので痛いです。脂肪は痛くないのです。私のお腹は脂肪より筋肉の方が多かったようなので、おそらく術後の痛み半端ないって事なのではないかと思います。
脂肪は切れても回復するのに発熱炎症もそこまでないと思うのですが、筋肉はもう完全に大怪我ですよ。
お腹も同時期の方よりはるかに小さかったのでまさかそんな大きな子が産まれると思ってなかったのですが、私の強く強靭な腹筋によって腹ボテしなかっただけで子はすくすく育ってくれていたようです。
うちの子は筋肉質
うちの子元気です。3270gで産まれてきたのですが、手足はムチムチしておらずスッとしています。
かなり筋肉質で力も強く、大きな声で泣いて生後2日でミルクは一回40ml、3日目で60mlから70mlをがぶ飲みし、お腹が膨れたらスヤスヤ眠ります。そしてミルク飲むとすぐウンチ。でも全く泣かないでスッキリしてスヤスヤwww
めちゃくちゃいい子やん!
半日後に産まれた同じぐらいの週の赤ちゃんは同じく男の子でも2700gぐらいですごくちっちゃく見える。
なんか照れちゃうくらい一番デカくて元気いい。大食らいなとこまで私に似ちゃったか。
お腹は痛いけど気持ちが癒されます。
動けなくて涙が出る
動けるようになるには個人差と言いますが、腹筋が分厚いせいか痛すぎるので全然動けず熱も下がりませんでした。
スケジュールでは前日には尿管が抜けて自力で歩けるはずなのに、全く歩けません。
腹筋がなくてだらしないお腹は嫌だけど、自慢の腹筋が仇となって激痛なんて切なすぎました。
足上げも曲げ伸ばしも、腰を持ち上げるのも出来るのに、傷が痛すぎるあまりに動く事ができなかったのです。
顔面蒼白、唇が紫になるまで頑張ったのですができませんでした。というか、そこまでやる人いないと思うのですが。
それ以来勝手に動くのをチャレンジしないように言われてしまい、悔しくて涙止まらずでしばらく泣きました。
その後ずっと頑張り続けて、なんとか尿管が抜けましたが作戦を変えて体力を回復させる方針に切り替え赤ちゃんのお世話を何回か飛ばしてもらいとにかく眠ることを重視することにしました。
とにかく食べられるなら食べる!
食べないと体力は回復しません。
なので、気持ち悪くてもなんでも時間をかけて食べ切ってしっかり休めば動けるようになります。
本当は食べたくないなら食べずにずっと傷が治るまで寝ていたいのですが、やる事が多すぎて同時進行していかなくてはいけません。
だからお母さんってボロボロなんだなと思いました。
シャワーももちろん浴びれず、痛みでふらふら、腕もだるいのに一際でっかい赤ちゃんを抱っこしてぷるぷる、すると重みでまた傷口が激痛冷や汗顔面蒼白。こんな時に家族以外には会えません。
お見舞いに来たがる人々
ありがたいことにお見舞いに行きますと言ってくださる人が何人かいらっしゃいました。
しかし、
無理!
まず私が起き上がって対応できない、気を使うのもしんどい、見た目も小汚い、赤ちゃんのお世話もできてないのに人が入れ代わり立ち代わり来るなんて体力がもたない。
そもそもメッセージの返信すら必死。
とりあえずお断りしました。
私がもう少し腹筋がなかったら回復していたんでしょうが、全然大怪我してます。
きっとなんでみんな帝王切開でもこれぐらいなら会えるはずなのにー?って思っているでしょうが、違います。
逆に鍛えている方が大怪我っていう事を身をもって知りました。多分ですが。
なぜなら、傷口を動かさなければ脚上げ腹筋できるんです。ご飯もしっかり食べられます。
だけどダメなの痛すぎるの!明らかに顔面蒼白とか唇紫とかおかしいから!
相対的に痛みに弱いのかもしれませんが、少なくとも顔面蒼白唇紫の状態は良くないはず。
ハサミとかメスで切れないくらいの腹筋切られたんだから痛いに決まっとるだろうが!!!と悲しくて泣いたあの時を経て、むしろ今は開き直ってますよ。
落ち着いたら見に来てね。赤ちゃんとってもいい子でスタイル良くて可愛いよ。
ご報告。無事産まれました!
おめでとうございます!元気な赤ちゃんですよ!
読んでくれている皆さんありがとうございます。
無事我が子が誕生しました。
元気な男の子です!
結果、男の子だったんですね。しまなみ海道を一緒に走れる日が楽しみです!
脊椎麻酔も滞りなく入り、血圧は一時は下は38までいき三途の川の川岸まで行きましたが寿限無を言うことによって呼吸と意識を保ちました。
どうやら麻酔が効きやすいらしく、目が開けられないくらいでした。
先生は「カイザーの途中で寿限無言う人初めて」って言っていました。
ひたすらしゃべっていたので、集中しなきゃいけない手術の邪魔しちゃったかなと思いましたが稀に見る明るく和やかな雰囲気の良いお産だったそうです。
やはり帝王切開手術は神経質になるようで、いつもピリピリしているそうですが私もなんか楽しい時間でした。呼吸は苦しかったけど。
先生は控えめに言っても名医と思った(興奮しすぎか
麻酔を打つのに怖がったり痛がって腰を引いて逃げたりなどしなくて耐えたので、かなり手間を取らせずスムーズに手術に導入できたようですがほぼ定刻、タイムテーブルは完璧だったようです。
横切りした切腹部分の処置もかなりきれいに縫ってもらえています。おそらく傷が治ってこればほとんどわからなくなるでしょう。
ビキニを着たりするわけではありませんが、原状回復の方がいいに決まっていますから本当に嬉しいです。
先生だけでなく看護師さんたちも優しく丁寧で頼もしく皆さんに大変感謝しています。
根性あって肝座ってますね、って褒められました。だよねー(°▽°)
4D写真と顔が全然違う
前日の4D写真では夫に顔が似ていましたが、産まれてみたらどう見ても私にそっくりです。
二重でぱっちりした目に、ちょっぴりたぬき顔に見えます。
まだ寝たきりのズタボロなので起きられるようになったらまた観察したいと思います。
まさかの体重が多い!!!
2600gぐらいと3日前の検診で言われていたのに、産んでみたら3200gほどありました。
38週で3200gは大きいと感じました。食べすぎたかな?と思いましたがへその緒がめちゃくちゃ太かったので、酸素栄養の供給が良かったのかもしれません。
手前味噌ですが、逆子とは言えちゃんと足じゃなくお尻から取り出されてくれすぐに産声をあげました。いい子です。
病室に這々の体で戻され少ししてから改めて対面した時、少しグズグズしていたのですが抱っこしたらすぐに穏やかになりました。
私は間違いなくお母さんなんだなと思った瞬間です。
今は術後で痛みと熱があります
元気なんですが当然痛みと熱があります。血圧が低いせいか、出血と点滴の水分バランスがうまくいかず体中ぱんぱんに浮腫んでいます。
アドレナリンが切れないので、なかなか眠れないですが体はすごく疲れています。
とりあえず、一先ずは安心してゆっくり休もうと思います。
気にしてくださった皆さん本当にありがとうございました。
逆子以外はやはり完璧安産体質でした!
いよいよ術前入院&当日
眠れない夜を過ごして
入院前日の昼間に両親が来て住込みでお手伝いしてくれる母の荷物を運び込んで少ししたら、父は「じゃあ元気な子どもを産んでくれ」ってあっさり帰って行きました。
男親の矜持は背中で受け取りありがとうって言って見送った。
父を見送って戻ってきた母は何故か泣いた。
結婚してから今まで一度も夫婦で長く離れた事はない事と、祖母の事があり険悪な雰囲気が長く離婚する!とまで騒いでいた癖に、それが信頼?とか愛?故の甘えであったことに気がついたのだと思う。
そんなもんは娘からしたら最初からわかっていた。
父にとっても母にとっても、こんな長期休暇は開業以来初めての事です。父も午前中しか仕事しないそうです。そもそも仕事もう辞めてもいいけど、限界集落まっしぐらの地元のお年寄りを救うためにやっているのでその人たちが来れなくなるまでは仕事をしようというミッションでやっているようです。そんな両親を私は尊敬しています。
しかし面倒みてもらいたいのに両親も心身ボロボロでこんなんだから、私が妙に気を遣うから疲れるw
母は慣れない環境とストレスでキャパが少なくなっているのか、どう考えてもパフォーマンスが悪くなっていて教えても覚えられないしわからない!と怒るしでこの人完全に鬱病なんだなと思ったのですが、孫の顔でも見ればショック療法で良くなるかもしれないので普通に接しています。
全然考え方に柔軟性もなくて、私が鬱病サバイバーでなければきっとうまくやれなかったと思います。
そんな意味では鬱病経験者である私の言葉選びや接し方はとても有効と考えられるので、ひと月後には母のメンタルはかなり回復して良いものになるだろうと予想できます。
しかし、ずっとめんどくさい、いやだ、わからない、私はこんな嫌な思いをした、あんたはまだいいというような事をずーっと言ってくるので、お母さん、あなたが面倒くさいよと言いたくなるのを我慢して大変だねと言ってあげています。
まあ、病気だから仕方ないですね。
そんな事を考えていたら、体はとても疲れているのに夜はあまり眠れませんでした。
入院も出産も今後も心配だし不安もある、母は慣れない所に来てホームシックや鬱、急に暇で自由になったこと不安になり泣いたりするのが心配でもあり、ネガティブな事ばかり言うのを聞いているのもイライラしたりします。
私はそんな実家が嫌いで自分の理想の家庭を作ってきました。だから前日くらいは甘えさせてくれよと思ったけど、むしろ話を聞いてあげたり耐えきれずキレて喧嘩したりしました。
喧嘩しても母娘なのですぐケロっとしました。
入院前日の夜は夜中3時半くらいに目覚めて、そこから心がざわざわしてなかなか寝つけませんでした。
目の前に来た出産という大事業への未知なる圧力のようなものを感じたからです。
入院当日
入院当日の朝はいつも通り、夫は仕事に出社していきました。
母もどうやら眠れなかったようですが、寒いのといつ出ていけばいいのかわからず布団でじっとしていたとの事。
私は寝たり起きたりなので朝はなるべくゆっくりしているのですが、さすがに母も勝手がわからず困惑しているのではないかと起き出して行きました。案の定でした。
朝はいつも腹ペコで目覚める元気な私は、お腹すいたから何か食べると宣言すると作ってくれるというのでお言葉に甘えて手料理を食べました。
その後は私はひたすらのんびり、母は夕食を病室でとるためのお弁当作りをしました。1日経って少し環境に慣れてくれました。
朝からずーっと父と母は連絡を取り合ってSNSや通話を何度も何度もして、新婚かよ!というぐらい仲良しでした。意地っ張りでツンデレなのに本当はしっかりリスペクトし合って愛し合ってるの知ってたけどこんなわかりやすいの初めて見る両親の姿です。
意地っ張りツンデレで損してるのは親子そっくり。私もわかりやすく表現しないと、周りからやな奴勘違いされまくってるのわかるけど、どうやったら素直に大好きだよって表現できるのかわからない。そんな事も感じる出来事でした。
お昼も食べて時間になりそろそろ病院に向かうかとなりましたが、冷たい雨が降っていて荷物搬入をする母が上階まで階段往復なので疲れ果ててイライラしていたので、性格の違いにまた少し胃が痛みました。
私はわざと階段最上階を選びました。だって、家に帰るだけでエクササイズになるなんて超ラッキー!って思ったから。
日常生活するだけで健康になるなんて本当最高、って心から思っていたしこの妊娠期間も「産まれないでくれよ…」とは思ったけど、階段が嫌だなんて思わなかったから。
普通の人?は階段が嫌いなんですね。私階段好きですよ。
さて、そんなイライラする母はこちらの交通事情にもなれず、わからん、できん、どうしようってな感じでナビがあるのに道を何度も間違えるので、うっかりキレてしまいもう帰っていいよ!とかうるさい黙って!とか言い合いながら病院に到着しましたが、またすぐケロっとしました。
病院到着、受付から入室
入院前に検診を受けますが、混み合っていたので入室から先にしました。
荷物を搬入して物を片付けたりしていると、体重測定、血圧測定や胎児心拍チェックなどの検査をしました。
心拍は測りながら親友MちゃんとのSNSを見て笑ってしまったので、アラームが鳴ってしまいました。血圧が急に上がったようです。
最新の血圧が107/91ですから問題ありませんでした。
呼ばれたので診察室へ検診に行くとエコー検査で逆子が治ってないかを調べました。
治ってませんでした!
お腹は横切りにすることを伝えて、なるべく上手に縫って下さいとお願いすると常にベストを尽くしていますが血でヌルヌルして曲がったらごめんねと想定外な返事をされて、これから行われるのは処置のある処刑なんだということを思い出しました。
まさかの子の顔が凛々しいので男の子説が強まる
久々に子の顔が少し見えたので4D写真をもらいましたが、鼻から口元があまりにも夫に似ており「キリッとした顔してるね」「目鼻立ちはっきりしてるね」などと言われ、自分の顔っぽさがあまり感じられず複雑気分で母にも見せました。
母も案の定「夫くんに鼻から口元がそっくり…これは男の子だな」と、最初から孫は男の子派だったのが確信を得た様子でした。
父にも画像を送ると孫は女の子派だったのに、これは男の子かな?と言い出しました。
ものすごい男の子顔です。
私自身はたぬき顔なので十中八九は夫似ですが、男の子顔でもまだ産まれてくるまではわからないものです。しかし、性別を聞かないでよくここまで来れたと思います。
病気じゃないからご飯は美味しい
待ちに待った夕飯です。最後の晩餐です。
夜24時から絶食、手術当日朝8時から絶飲食です。
数日前からCMでPRが始まっている新製品のスナック菓子が食べたくてたまらなくなり、悩んだ結果抜け出してコンビニに行ってきたのですがその商品はありませんでした。
別のスナック菓子を買ってきて夕飯前に少し食べました。もうあと3日は食べられないと思ったらどうしても食べたかったのです。
妊娠によって行動の自由や選択の自由を奪われ、最終的には食事まで奪われる感じなんだな、OK。
出産って修行と同じというか煩悩を手放していく禊みたいなものなのかなという気がしてきています。読経しながら炎に木の札を1000枚投げ入れて燃やす修行みたいな感じ。
さて、ご飯!
上手に撮れなかったけど。
サクサクのカニクリームコロッケがメイン。全部美味しかった!
看護師さんも助産師さんも優しくて丁寧で、アットホームな雰囲気で、病院も落ち着いてて静かで人の出入りも少ないし、なおかつご飯も美味しいからこれは本当に良かった。
向こう3日は絶食、流動食、おかゆだけど、普通食楽しみに激動の3日を過ごそうっと。
夫が会社から直で来てくれたよ
仕事が終わって夫が会社から直で来てくれました。
別になんて事はないのですが、時間の許す限り母と3人で病室で過ごしました。
2人が帰った後、1人で過ごす時間は妙にそわそわしました。数日前にうっかり好奇心でやってしまった足の裏の角質がぺろんとめくれるフットケアの効果が出てきてしまい、足の角質がうろこ状にポロポロめくれ始めているのに気がつきました。
水虫と勘違いされないかな…という心配のせいか、子が胃や内臓を圧迫して色んなところを攻撃するせいか、寝苦しくなかなか寝付けない夜を過ごしました。
6時起床、お茶を飲む
病室はめちゃくちゃ乾燥しています。確かに加湿器が欲しい。
朝6時に起床しブログ記事を書きつつ、ゆるゆると活動を始めました。
お茶!
看護師さんが浣腸宣告してきたので腹くくります。