あけました。近況だけとりあえず。
あけましたおめでとうございました
慌ただしく年末年始関係なく過ごし、新年を迎えて今日から仕事始めの夫を朝6時に送り出しました。
さて、あらましをば。
まず、年末の帰省予定日に祖母が脳梗塞で入院しました。
本来ならこの様な流れになっていました。
- 12月26日に両親が迎えに来て実家に帰省
- 12月28日に祖母が施設入所のための家財持ち込み引越し
- 12月29日より祖母が施設入所
- 実家でのんびり過ごす
- 1月5日夫が実家に迎えに来る
しかし、実際は
- 12月26日検査先の病院から総合病院へ祖母が救急搬送からの入院、左半身不随の点滴治療開始
- 入所先施設の契約は済んでいるもののやんわりと施設から入所を断られるようになり両親が病み始める→キープ分のお金は払う!となんとか説得するも拒否の雰囲気は続く
- 12月28日夫の仕事納めを待ち実家へ連れて行ってもらう
- 年末年始にかかるため総合病院では点滴治療以外の措置はされず、リハビリが始まらないので両親が毎日面会に行き話しかけたり体をさすったりする→兄貴も相変わらず偉そうだが口だけでなく祖母の面会に1日置きとかに来ていて遭遇した。気は合わないけど、正直そういうところは昔から認めている
- 初日にお見舞いの他、極寒で地面がアイスバーンのため危ないからほぼ毎日自宅待機、実家に1人で留守番。非常に暇。なお、すくすく母体が育ち立派な体重オーバー妊婦になる。
- 年明け4日、ようやく総合病院の担当医と両親の話し合いがあった。両親のこっそりリハビリの成果があり施設に入所できるよう社会福祉士さんとケアマネさんが動いてくれるとの事。担当医からは紹介状が出してもらえるようなので、おそらく施設からの拒絶はできなくなるはず。
- 一安心で1月5日夫が実家に迎えに来てくれて家に戻り現在に至る
どうしても年末年始は動きが止まるので、華やかさやめでたさのない苦しい日々でした。
実際に見た祖母は変わり果てていたが時々あの頃の祖母がいた
私は祖母を勘違いしていたのかもしれない。
女は同性には厳しいものだが、それでもいつも厳しかったわけではない。
普段はトボけたお花畑なおばあちゃんという印象だった。
美意識が高いのだけが突出していて、手も足も働いていないから白くて細くてきれいだった。きれい好きだったのに、今や歩く事もしたくなくて四つん這いで動くから手もごつくなり、肘や膝は真っ黒。
今回の脳梗塞でいよいよやる気をなくして転がるように色んなものを失っていっている。
数年前から母に対して表立って怒鳴ったり粘着したりして嫌がらせをするようになり母はすっかり参ってしまったところに介護で心身はボロボロだが、思えばその頃から認知症は始まっていたんだと思う。
若い頃の嫁いびりなんてのは、単純に性格とか性質の問題なのだが人前で怒鳴ったりとかはおかしいもの。
嫁いびりなんてしなかったら、もっと早く認知症に気がついてあげたりケアできたのに性格が悪いババアという印象があったから病気に気がついてあげられなかった。
ボケることさえなければ、こんなにみんながズタズタにならなかったのに。やはり、父と叔父の兄弟仲は険悪になった。弟が実家を継ぎ苦労してやってきたのに、外に出た兄は口を出すだけ。祖母が車に乗りにくくなったから、乗り降りしやすいように車を変えたら「おふくろの金で車を買っただろ!」と言われたらしい。
どんだけうちのこと貧乏だと思ってんだよ…腐っても自営業35年やってきてるわ。バカにしすぎだよ、ほんとに。金に汚く情けない叔父だわ。そして逆に父への尊敬が深まる。あとタバコだけやめてくれたら最高にカッコいい父なんだがな。
タラレバってこういうこと。
遠くの親戚より近くの他人というか、今日日親戚よりも絆の深い友人や他人様の方が力を貸してくれるという事がわかりました。
今後について
とりあえず、逆子は治りません。
5年前に切除した子宮筋腫の手術痕がネックになっているようで、胎児が頭を下にしたくないようです。
手術痕は子宮の入り口ど真ん中、ちょうど頭があるべき場所です。そこが固くなっているのか絶対に頭を下げてくれません。
それでも、私はあの手術がなかったら体調不良で仕事をする事もできなかったし弊害の不調で365日いつも調子が良くなかったです。
気絶して道端で倒れて意識を失って救急搬送されたことは何度もありました。
毎月強い鎮痛剤をどんどん飲まなければ生活する事もできず、嘔吐して痙攣を起こしては気絶、耐えられない痛みで過呼吸で気絶。当たり前に来る生理でこんな事なら子どもなんか産んだら死ぬという恐怖しかありませんでした。
それがなくなり、ロードバイクも始めて体を楽に動かせるようになりあとひと月も経たずママになるというのはそれだけでも運のいい事です。
祖母の入所に関してはまだ方向性しか見えていませんが、私の出産はもはや帝王切開で分娩に切り替わり予定が決まります。
今となっては、空気を読んだ我が子(尚、性別不明)のお陰で何とか家族力を合わせて予定を立ててやっていくという感じになりました。
最悪、入院はタクシーに乗って1人で行けばいいですし分娩手術の際だけ夫に立ち会って(手術だから立会いが必要、決して立会い出産お花畑的なアレではなく)もらえば良いかと思っています。
産まれたらだれか顔ぐらい見に来てくれると思うので。腹くくりました。幸せ幸せみたいなマタニティライフばっかりじゃないし、なんのために精神が自立してる年齢なんだよ弱るなよ自分!っていうのをようやく取り戻しました。多分、状況的に自分でも気がつかないうちにとても疲れていたんだと思います。
今後余力があったら書きたい事
- ベビーグッズの紹介
- 譲ってもらう予定のベビーグッズお下がり品のこと
- 祖母のこと
- 福袋の中身のこと
言っておきたいことあった!!!
子が下腹部でハンモック調になって過ごしているため、下っ腹が出ているからお腹が出てないように見えてただ太ってるように見えると言われていたことがわかりました。
ほれ見たことかーーー!あんたたちねぇ、理由も考えないでよく気軽にマイノリティ扱いして不安にさせてくれたわね!
そんなあなたたちの家で飼うペットがみんな頭悪くて躾が効かない呪いをかけたわよ。しかも孫の代までね。
さて、子がハンモック調になっていると重みが下腹部全体にどしっとのしかかって、めちゃくちゃ苦しいです。
そういえば逆子ちゃんママみんな苦しい苦しいってヨガで言ってたな。
少し動くだけで苦しいです。
あと3週間ちょいですが、苦しい生活もあと少しなので苦しい苦しいって言って楽しもうと思います。
そんなとこで。